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『ダーウィン事変』うめざわしゅん先生×津田尚克監督対談
2026年1月にテレビアニメの放送が決定した『ダーウィン事変』。人間とチンパンジーの交雑種(ハイブリッド)・ヒューマンジーのチャーリーを中心に、世界が揺らめいていく様を描いた本作はどのように生まれたのか。そしてどのようにアニメーションで表現されていくのか? そのキーマンである原作者・うめざわしゅんと監督・津田尚克に、作品への想いを伺った。
――そもそも、『ダーウィン事変』が生まれたのは、以前にうめざわ先生が描かれた短編『もう人間』発端だったそうですね。
うめざわ:生命倫理にまつわるテーマで何かを描きたいな、と元々考えていたんです。『えれほん』という短編集を出す際、そのアイデアから『もう人間」という作品を作ったのですが、描き終わった後、そのテーマをもっと広い世界観で描きたいなと感じるようになって。そこでWebや文献を漁って知識を増やしつつ立てた企画が『ダーウィン事変』でした。すぐに企画を何社かに持ち込んだんですけど、ほとんどの編集者さんが「面白いとは思うけど、どうやって売るか見当もつかない」とおっしゃるので、私も頭を抱えてしまい……。ただ、月刊「アフタヌーン」の担当さんは興味を示してくださって、連載につながることとなりました。
津田:月刊「アフタヌーン」で連載が始まったときのことは、今でも覚えていますよ。当時は純粋な一読者として作品に触れましたけど、こんなに映像化が難しそうな作品が始まるとは……という印象を受けました。いや、それもある意味「アフタヌーン」っぽい作品なのかもしれませんけどね(笑)。僕はどのマンガにもアニメ化するならどういうアプローチをするのか軽く考えてしまう職業病がありますけど、『ダーウィン事変』はいい意味でアニメ化が難しい作品だなと感じていました。ハリウッドで映画化ないしドラマ化ならあり得るかも、と。
うめざわ:元々海外ドラマっぽく見える構成を目指していたので、そう思っていただけたのであれば成功です(笑)。
――そこから連載が進行していくわけですが、『ダーウィン事変』を描く上でうめざわ先生が最も大事にされていることは何ですか?
うめざわ:情報感度ですかね。扱っているテーマの軸はブレずとも、そのテーマをどう受け取られるのかを考えるようにしています。例えばヴィーガンという単語がこの作品には出てきますが、連載開始時点と現在とではそれに対する知識や出来事もどんどん変わってきていますよね。なので、ちゃんとその移り変わりを時事的に捉え、対応するように描いていくことが大事だと感じています。
――津田監督はそんな『ダーウィン事変』のアニメ化を手掛けられることになりました。まず、監督のオファーが来た際の心境をお教えください。
津田:実は、「どの原作でアニメを作りたいですか」といくつかの作品をプロデューサーから渡されたことがあって、その中の一作が『ダーウィン事変』でした。僕としても、難しいことは百も承知で、やりがいのある作品はこれだろうと『ダーウィン事変』を推したんです。僕らが日常生活の中で考えなければいけないテーマをしっかりと描いている、当たり前のようだけど難しいことにうめざわ先生が挑んでいるので、同じ船に僕も乗ってみたい。その思いから『ダーウィン事変』の企画が始まりました。
うめざわ:連載が始まった頃、全くアニメ化するとは思ってもいなかったので、お話を伺ったときにはとても驚きましたね。それと同時に、取り扱っているテーマから逃げずに真正面から描いてほしいこと、その上で差別的な表現にしないことはもちろん、そう受け取られてしまいかねない描写にも気をつけてほしい、とお願いしました。特に後者はマンガを描いている際にも意識しているのですが、作者側に差別的な意図がなくとも、一コマだけ切り抜かれて「酷いことを言っている!」と言われてしまう可能性があります。個人的にアニメはマンガよりもその危険性が高いと思っているので、細心の注意を払ってほしいと津田監督にお願いしました。
津田:なので、シナリオ会議ではこの表現はどうなのか、スタッフ一同で意見を出すようにしました。これまで携わった作品の中でも最もロジカルなやり取りが求められるので、とても根気がいる現場ですね。
――本作のシリーズ構成は、『暁のヨナ』や『スパイ教室』などで知られる猪爪慎一さんが担当されています。
津田:猪爪さんにお願いしたのは、今までご一緒した作品の中で、ロジカルに物事を考えることに長けた方だからです。アニメはオープニングとエンディングを除くと各話21分ほどの尺と決まっていますから、展開こそ原作に準じたとしても、どうしてもオミットするページが生じてしまいます。特に本作は、一見飛ばしても問題がなさそうな展開であっても、一コマ省くだけで後の展開が成立しなくなることもある難しい作品なんです。なので、猪爪さんにはどうしたら上手く尺に落とし込めるのか、細心の注意を払って書いていただきました。
うめざわ:引きの部分をどこにするのか、尺の都合で構成は変えざるを得ませんからね。でも、シナリオを読んだとき、この面白い話を考えたのは誰だ? と思うほどに素晴らしかったですよ。
津田:先生が考えたんですよ(笑)。オリジナル要素は基本的に入れず、原作がそのエピソードで何を一番伝えたいのか、どのセリフを一番届けたいのかを考えて、シナリオやコンテを作るように意識していました。
うめざわ:たぶん、セリフを声優さんが演じることを前提に組み立てられていることも、いい意味で原作との違いを生んでいると思うんですよ。シナリオだけでもそう感じていましたけど、収録のときはさらに驚きましたね。声優さんが演じたことによって、このセリフにはそんな捉え方もあったのか、と僕がハッとさせられたほどでした(笑)。
――キャラクターデザインを務められているのは友岡新平さんです。監督から友岡さんには何かオーダーはされたのでしょうか?
津田:友岡さんは『ダーウィン事変』の制作を務めるベルノックスフィルムズの社員さんで、その腕を見込んで参加していただくことになりました。原作をとても読み込んで設定に落とし込んでくださっていて、常に『ダーウィン事変』をアニメ化するならどんな線が最も良いのかを模索しながら作業されていますね。そんな彼に僕がオーダーしたのは、あまり原作から要素を省略させないでほしい、ということです。デフォルメするとアニメーターは描きやすいのですが、作品のテーマ性と乖離してしまいます。制作カロリーは高くなることは承知で、しっかりと描いていただくようお願いしました。
うめざわ:僕自身そこまでアニメを観るわけではないですけど、いい意味で日本のアニメっぽくないビジュアルで驚きました。僕からは漫画とアニメでは動かしやすいデザインは異なるので、調整していただいても問題ないですとお伝えしていたんですよ。でも、チャーリーという存在を描くと、自然と周囲のキャラクターの人種を描き分けないといけないので、細かいデザインが必要になってきてしまいます。そこをしっかりと掴み取ってくださったので、実際にキャラクターたちが動いた映像を観るのが楽しみでなりません。
――『ダーウィン事変』の制作を務めるベルノックスフィルムズさんは、本作が初めての元請作品となります。これまで津田監督ともご一緒していた元david productionの梶田浩司プロデューサーが率いられていますよね。
津田:確かに梶田さんが元davidではあるのですが、友岡さんのようにSeven Arcsの流れを汲むスタッフもいたり、他のスタジオから移籍してきた方もいらしたりと、多種多様のチームになっています。僕も元々davidで監督をしていましたが、せっかく別のスタジオに来たのだから、同じようなフィルムにはしないよう、新しいものを模索しながら制作中です。
――副監督に『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』で監督のおひとりを務められた中山勝一さんのお名前があることも気になりました。
津田:中山さんはこれまでにもご一緒したことがあったのですが、とてもお力のある方なので、刺激を受けられるんです。今回は、僕の監督業務の中でもメインプロダクション――実制作部分を中山さんにかなりの部分を背負っていただいていています。ベルノックスフィルムズはまだ若い会社なので一つずつ試行錯誤していかなければならないのですが、僕や中山さんが一段、もう一段とスタッフの力を引き上げて、素晴らしい映像をお届けできるように頑張っていきたいと思っています。
うめざわ:どんな風にチャーリーたちが動くのか、非常に楽しみです。アクションシーンだけではなく、チャーリーがアメリカの日常に溶け込んでいる姿がアニメだとどう描かれるのかも楽しみです。
津田 アメリカって日本より空間が広いですよね。なので、日本が舞台の作品とはレイアウトも変わってくるので、美術も細部まで気をつけながら進行しています。テストを繰り返して、今よりもっと完成度の高い映像にしていきたいですね。
うめざわしゅん
1978年生まれ、千葉県出身。1998年に「ヤングサンデー増刊」に掲載された短編『ジェラシー』でデビュー。その後、短編集『ユートピアズ』やオムニバスシリーズ『一匹と九十九匹と』を手掛けた後、2015年に刊行した『うめざわしゅん作品集成 パンティストッキングのような空の下』が「このマンガがすごい!2017」オトコ編第4位にランクインを果たす。2020年より月刊「アフタヌーン」にて『ダーウィン事変』の連載が開始。同作は「マンガ大賞2022」大賞、「このマンガがすごい!」2022(宝島社)オトコ編第10位、第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞など、数々の評価を得た。海外でも、フランス・第50回アングレーム国際漫画賞にて「BDGest'Arts アジアセクション」、ACBD2023アジアBDなどを受賞している。
津田尚克
1978年生まれ、東京都出身。制作進行、設定制作を経て2008年に演出業へ進出。2012年には初監督作となる『妖狐×僕SS』が放送された。その後、同年から開始した『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズでは、2016年放送の第四部『ダイヤモンドは砕けない』までディレクター、2018〜19年放送の第五部『黄金の風』では総監督を務める。そのほかの監督作に『planetarian 〜ちいさなほしのゆめ〜』『東京24区』など。